ペルソナ

 玉ねぎを一皮一皮剥いていると涙が出てくるのは、本当のボクをみないで、
と芯が叫んでいるからだ。一皮ごとにずっと隠していたものがみえてしまう
から、そのことに恐れをなして涙をしかけるの。昨日の涙をなかったことに
するなよと叫んでいるかのように。

 裸体をみせつけるために、灯かりはつけたまま。そのキレイな姿をいった
いだれに。いつも同じ部屋に流れ込むのね、だからボクはずっとあんたをみ
ることができる。この壁にかけられている時計のボク。一秒ごとにあんたが
いなくなることにさびしさを感じながら。目をそむけないでじっとずっとじ
っとずっとみていてあげるよ。ボクだけはあんたが目の前の人と目を合わせ
ていても心を合わせていないと知っている。試しているのだろう、目の前の
人の気持ちを。悪い奴。どんなに落ち込んで悩んでいても、あんたが自分に
自信を持っていると知っている。そうでなければ、そんな素振り、そんな仕
草、そんなセリフは浮かばないだろうに。ウラハラなんだってね。夕べの天
気予報がいっていたよ。あすの少女Aの気分は、晴れ時々雷でしょう。と。
急に視界を塞がれる。そのときを待っていたのだ、みえなくなってみえるも
のがある。真っ暗闇の中、ただひとつの真実めいた目の前の人の気持ちが。
何かに気づいたように、目の前の人、そっと壁のボクを外す。ボクは裏向け
にされて二つ並んだグラスの隣にそっと置かれる。いつもあんたらが流れ込
むこの部屋はなんだかオシャレなことに、カウンターがとても雰囲気よく、
ムードを高めるために、堂々としている。 もう、何度も訪れているからす
っかりと自分の部屋のように馴染んでいる、そして、ボクもあんたが来るの
をずっとじっと待っていた。必ず来ると信じて。

 一枚一枚、脱いでいくたびに素顔がみえてくる。仮面、ひとつひとつ外し
ていくように素顔がみえてくる。化粧、そっと洗い流すように素顔がみえて
きた。みえてきたのですか、本当かしら。恥ずかしい、なんてうそ。うれし
くてたまらない。さあ、早くあなたも同じような姿になりましょうよ。恥ず
かしがらないで、もっと、ふたりだけの、シークレット集めましょ。ねえ、
もっと。あなたはあたしを映す。あたしもあなたを映していればしあわせね。
あなたがいるからあたしはいる。そして。そして、それは又全身全霊染まっ
てしまうというのではなくて。ちょっと耳を赤らめたあなたが愛しいわ。そ
んな姿を他の誰も知ることない、今は。なんて思い上がってみるとうれしく
てたまらない。お酒のせいではなく、お酒なんてふたりとも飲んでいないも
の、今は。ただ、この愛しいすぎる雰囲気に酔っているせいであなたは耳を
赤らめる。離れられないと思った。ずっと離れたくないと思った。窓を打つ
雨の音が、心に激しく響いている。吐息をほしがるあたしは、ただただひた
すら甘えた声を出してねだる。しつこくしつこく、ねだりつづけて。 

 くちびるをください。もっとシークレットを集めるために。あふれるばか
りのシークレットをふたりだけの、他にはだれもしらない。じっとまっすぐ
あたしをみつめてください、そして。

 色んなことばを覚えていた筈だった。少しは色んなものに触れてきた筈だ
った。ところが、知れば知るほど知らなかった。つもり、でいただけだった
と気づいたとき。なんだかわからないような小難しい話しがそこで繰り広げ
られているとき。耳を塞いでしまいがち、簡単に諦めることを少し知ってし
まう。人生諦めが肝心だなんて、まだ、思い出すべきことばではなくて。ち
ょっと頭をひねってみれば済むこと。今まで自分が見てきたことのない世界
に触れると、今まで自分が見てきた世界はなんだったのだろうかと思ってし
まいがち。それでも、遅すぎることなど何もないと自分に言い聞かせる。諦
めるにはまだ早い。洋酒の、洋画の、洋楽の種類やらについても。

 電車の窓に映る自分は全くの別人ではないかと思うことがあって、それで
も、やはりそこに映し出されているのは、間違いなくあたしで。鏡以外の何
かに映し出された自分というものは、又鏡とはちがってみえて。そのときの
気分がそのままみえてくる。その映し出された姿をみられるのはどことなく
恥ずかしい。隠しきれなかった自分のようで。そのくせ、映し出された姿を
あなたの姿をみつめるのはすき。その中で目と目が合ったりすると、ふいに
笑みがこぼれるのを押さえきれない。怖い瞳があたしに向けられたときには、
視線を落としてしまうものの。何も何も話していなくてもただみつめている
だけというのも、すてきで。夢のようなお話しでも夢ではなく現実にこうし
て起こっていることだと認識することができるから。

 始発が動き出したのだと、潜り込んでいたベッドの中で電車が通る音を耳
にして、気づく。隣では愛しい寝顔をみせているあなた。夢の中のあなたに
そっとくちづけ。あなたが気にかけていたボクを元のいつもある壁にかける。
そうしたら、あたしに向かってボクが微笑みかけてくれた。又来てね、又来
てね。又ボクにその姿をすべて、すべてみせておくれ。灯かりはつけたまま
だからね。あんたもボクにあいたいのだろう。そっとくちづけくれたボク。
そっとくちづけあなたに。灯かりはつけずに意味もなくニュースを流す、音
量最小限にして、かすかに聞き取れるくらいにして。あたしのせいだかどう
だか、ふとあなたは微笑んだ。誰の夢をみているのでしょうか、あたし、そ
れとも。