おとぎばなし

「むかしむかしのお話だよ。今じゃ考えられないこともいくつか出てくる かもしれない。それでも、驚かずに耳を貸しておくれ。途中で、よしこが どうしても気になることが出てきたら、そのときは遠慮しないで聞いとく れ。
 そうそうそれから、眠たくなってきたら教えておくれ。つづきはまた、 明日の晩にすればいいだけのことだよ。
 わかったかい?」
「わかったよ、けいこさん」
「さあ、じゃあ始めるね。今から600年前の2400年の話」
「え? そんなに前のこと、どうしてけいこさん知っているの?」
 けっこう驚いたようです。ごろんと横になっていたよしこは、がばっと 起き上がる勢いで叫びます。実際には一人では起き上がることはできない けれども。
「よしこ! さっそく突っかかってくるねえ」
「そんなこと言ったって、さっき、遠慮しないで聞いてって言ったじゃな いか!」
「そうだったねえ。
 もう、わかったよ。教えるから、早く落ち着きなさい」
「はーい」
 体で、ちょろちょろとかわいい音を鳴らして返事をします。
「ところでよしこは、どこから来たんだっけ?」
「え? わたしのこと? わたしは、竹やぶの中でずっと息を潜めていた んだ。そこに、けいこさんがやってきて、ここまで連れてきてくれたで しょ」
「そうだったね」
「それで、けいこさんは?」
「前にも話したかもしれないけれど、私は長い間、土の中にいたんだよ」
「長い間ってどのくらい?」
「あー、そうね。覚えているのは300年ぐらいかなあ」
「だったら、どうして600年前のことを知ってるの?」
「300年生きてきたのが隣にいて、一部始終を教えてくれたの。この話は、 みんなに順番に、語り継がれていくことなのよ。興味のないのなんていな いからね」
「なるほどねー」
「じゃ、いいかい?」
「うん、楽しみだなー」
「始めるね」
 こうしてけいこは、いかにしてわれわれが今ある姿になったのかを語り 始めました。だけど、けいこ自身が体験したことではないので、伝え聞い たその時のことを思い出しながら、できるだけ正確に、自分の感情を挟ま ないよう心がけました。

  その頃世界中には、にんげん、がいました。にんげん、というのは、あま り周りのことを考えず好き勝手ばかりくりかえしていました。
 例えば、われわれを、ゴミ箱以外の場所に捨てるのです。彼らは、われわ れのことを、缶々、と呼んでいました。でも、彼らは、どこにでも捨てる、 というわけではありません。みんな、河川敷に集まってくるのです。ある ときは、近くの人が、いっぱいに缶の入った袋をぶら提げて歩いてきます。 またあるときは、トランク山盛りに缶を積んで、遠いところから車でやっ てきます。そして、思い思いの場所に捨てるのです。だから、あちらこち らに缶の山が見えました。
 ある日。とっても晴れていたので、久しぶりに河川敷まで散歩に来た人 がいました。インドア派の人ですが、梅雨の前のちょうど過ごしやすい天 気に、外へと引っ張られました。
 彼は、小さいころ毎日のようにここで遊んでいました。そのときから、 どのように変わっているのか、それとも、あのときのままなのか。考える ほど、自分で心臓の高鳴りを抑えることができないほど、ドキドキしてき ました。
 それなのに、彼は愕然としました。以前のように、テニスやキャッチボ ールをする人は一人もいません。その代わりに、缶の山があります。それ も一つや二つではなく、もう、数えられないぐらいに。
 ちょうどそこへ、大きな黒のゴミ袋を両手に持ったおじさんがやってき ました。彼は、もしかしたら、その中身は缶々かもしれないと思いました。 やっぱり、彼のよくない予感は当たりました。おじさんは、今ある缶の山 に重ねるのではなく、別の場所にゴミ袋をぶちまけます。そして、何食わ ぬ顔をしてそのまま帰っていきました。

 このままではいけない、と、心やさしい彼は勇気を出します。
「あのー、えっと、こんなところに缶々捨てたらあかんよ」
「ん? お前、何言ってんだ?」
「え、だからですね、どうしてここに缶、捨てるんですか!」
 かなり彼はびびっていました。できれば、関わりたくないような相手で す。でも、それよりも、正義感の方が勝っていました。おじさんが何も言 わないでいるので、もう一度叫びました。
「空き缶は、ゴミ箱へ捨ててください!」
 おじさんは、黙ったままです。かといって、無視して去っていくわけで もありません。じっと彼を見ていました。睨むというほど強くはないけれ ど、じっと彼を見ていることには変わりありません。だんだん、彼は怖く なってきました。
「何か、僕、間違ったことでも言いましたか?」
 と彼がいうよりも前に、
「んー。お前さん、何にも知らないようだな」
 怖い顔を消して、むしろ笑いながらおじさんは少し先にあるベンチに腰 かけました。彼は、「失礼します」と断ってから隣に座りました。
「どういうことですか?」
「まだ、知らない人がいるなんて驚いたな。まあ、いい。ここで出会った のも何かの縁だろう。今日は急いでいるわけでもないし、話してやっても いいが」
「さっぱりわけがわからない。とにかく教えてください」
「教えてやってもいいが、頼みがあるんだよ」
「な、なんでしょう?」
「まだ、4袋、残ってるんだ。ここまで運ぶのを手伝ってくれないか。後か らでいいから」
「え、あ、わかりました」
 彼は、渋々返事をしました。口答えなどせず、おじさんの言うとおりに しているのが無難だと考えました。
「えっとなあ、回りくどいのは好きじゃないからずばり言おう。一ヶ月前 に、缶々の再生法、というのがスタートしたんだ」
 ここ最近、彼はどこへも遊びに出かけていません。会社と自宅を往復し ているだけ。休日は、読書と家事。そんなに忙しくもない毎日。テレビや 新聞でニュースはチェックしていたのですが、さっぱりそんな話は聞いた ことがありませんでした。
「再生法? 空き缶の再生なら、所定のゴミ箱に捨てたってできるんじゃ ないですか?」
「やっぱり、お前さんは何にも知らないようだな」
 そんなことを言われたってわからないものはわかりません。知ったかぶ りができるようなことではないらしく。
「すみません」
 謝ることばしか出てきませんでした。
「ここでいう再生は、新たな且つ全く別の命を吹き込む、ということだ。 つまり、今までとは違った人生を送ってもらおうと、考え出されたんだ。 いや人生じゃないな、缶生とでもいうかな」
「カンセイ?」
「あー、それは、今、わしが勝手に言っただけさ。とにかく、ここに缶を 捨てるのは誰もがしていることで、悪くないんだ。わかったかい?」
 わかりました、と言えば、話はスムーズに終わるのでしょう。でも、彼 はそうできないのです。ちゃんと納得できるまで話を聞きたいのです。わ からないことを上手く隠すような台詞が見つからないので、そのままスト レートにおじさんに尋ねました。
「ごめんなさい。まだ少しわからないので教えてもらえませんか?」
「ああ、いいよ。何でも聞いてごらん。お前さんのような世間知らずを、 放置しておくのもかわいそうだしな」
 世間知らず、と言われて彼はカチンときました。けれども、いちいち怒 るのは止めにしました。

 いつの間にやら、周りに人だかりができていました。ここへ空き缶を捨 てに来た人々が、彼を取り囲んでいるのです。みんなひそひそと彼を哂っ ています。ついさっきまで、おじさんの話を半信半疑に思っていました。 でも、自分だけが知らなかったというのは、どうやら本当のようなのです。
「捨てる。それだけで、空き缶の再生になるんですか?」
「そうさ。山積みにして放置するだけ。それだけでいいんだ」
「だったら、どうして一箇所に集めないんでしょう?」
「そうした場合、何かの拍子で全滅しては困るだろう。それで、ばらばら にしているのさ。一方が減少しても、もう一方は残るわけだ」
 いまいちピンときません。
「どういうことでしょう?」
「わしらも、詳しいことはわかっていない。計画通りにしているだけだ。 というのも、この計画の結果を、実際に確かめることはできないから」
 周囲の人々は一様に頷きます。その中のひとり、キャリアウーマン風の 背の高い女性が彼に歩み寄りました。そして、おじさんに代わって教えて くれました。彼女は彼をじっと見つめるものだから、彼は、その場を動け なくなり、無条件に彼女の言葉を受け入れるしかできなくなりました。と てもそれは、情けないことです。
「あたしたちは、いずれ絶滅するの。これはどうしようもないことで。逃 れられないことなんだって。だけど何もかもが、きれいさっぱり消えてし まうのは哀しすぎるでしょ」
「そう、ですね」
「そこで、この計画が考え出されたの」
 いったい誰が? と彼が思ったのを見透かしたように、
「さあ。誰っていうのは知らないけれど、計画を決めたのは国のお偉いさ んたちよ」
 彼女は彼に微笑みかけます。そして、続けます。
「瓶でも、ペットボトルでも、何でもよかったと思うのね。だけど、缶、 が選ばれて。缶、ならアルミでもスチールでもいいみたい」
「缶詰は……」
「ああ、どうだろう? だめなんじゃないかしら。とにかく、むかしむか しにんげんがいたことを、ずっとずっと先にまで途絶えることなく伝えて いこうとしているのよ」
 さっきのおじさんは疲れたのか、彼の隣で寝息を立てています。時々彼 の肩にもたれかかってくるけれど、みんなが見ているので、払いのけるこ とも諦めました。
「えっと、少しは見えてきたような気がします。ようするに、缶が伝説の 担い手になるということですかね」
「そうそう。でね、あたしたち、にんげんの情報って山ほどあるじゃない?  欲張っても仕方ないから、名前を伝えることになってるの。あたしたちの 名前」
 すぐ近くの缶の山から一缶取り出した彼は、そこに「けいこ」とありま す。その後ろは、「よしこ」と。目立つように赤字で書かれてありました。
「それ、ね。あたしが持ってきた山なの。『けいこ』はあたしで、『よし こ』は妹よ。そうだ、ちょうどいいわ! あんたも、書いてみたら?」
 彼女は彼に赤い太マジックを手渡しました。山の中でホットミルクティ ーのスチール缶だけが、名無し。ちょっとためらうけれど、彼女の視線が、 「早くしろ」と痛いから、「ゆうすけ」と書きます。ペンのきゅっきゅと いう音が痛い。
「はーい、みんな! 彼は、『ゆうすけ』さんです。これで、あたしたち の仲間がまたひとり増えました! さあ、いつものよろしいですか? 『 すぐる』さん、よろしく!」
 ゆうすけの肩は、痛みを通り越して快感になっていました。おじさんは、 すっかり肩にもたれたままになっていたのです。「すぐる」と呼ばれたお じさんは、なぜかゆうすけの肩を思いっきり叩いて反動をつけて、立ち上 がりました。そして、一瞬、こちらを向いてにやっと笑いました。
「みんな、お待たせしました。これでやっと300人目になりましたね。さあ、 さ、いいですか。みんな、自分の名前を書いた缶を持ってくださいね」
 眠っていた間に浄化されたのか、口調がゆうすけに話しかけていたとき とまるでちがいます。
「はーい」
 みんな一斉にすぐるのほうを見ています。
「カンパーイ」
 缶の中身は空っぽだと思っていましたが、ほんの少しだけ残っていまし た。それが、ちょろちょろとかわいい音を鳴らして。これが、新たな且つ 全く別の命、の源となるのです。

「わたしにはー、ふぁーあ、むかしむかしの持ち主の名前がつけられてい たんだねー」
 夏みかんゼリー缶のよしこは、あくびをこらえながら声を絞り出しまし た。
「もう、眠たくなったかい?」
 トマトジュース缶のけいこは、上下の瞼が仲良しになっているよしこを 愛しげに見つめました。
「うーん。眠たいんだけどね。この話のつづきは、もう少しでおしまいな んでしょ?」
「そうだよ。あと少し。だけど、話している最中に眠ってしまったら困ら ない? 無理しないで、残りは、明日にしようね」
「はーい」
 よしこは、渋々ながらも、体でちょろちょろとかわいい音を鳴らして返 事をします。

 翌日の夜。
 けいこがよしこの元へ行くより先に、
「今晩はー。けいこさん」
 よしこはけいこの元へ駆けてきました。昨日とは逆さまです。目がキラ キラしています。ずいぶん、続きが楽しみなのでしょう。
「夜になるのが、もう、待ち遠しくてたまらなかったんだ!」
「だけど、ある程度は結末に気がついているだろう?」
「まあね、でも、早く、けいこさんから聞きたいんだよ」
「じゃ、続きを始めるね」

 にんげんはいなくなりました。それは、世間知らずの青年が缶捨て集団 に出会ってからまもなくのことです。缶の行方を彼らは知ることができま せん。でも、願いが、計画の目的が、実を結んだのです。
 繰り返される災害で、すべての缶の山はすっぽりと土の中へ埋もれてし まいました。そして、長い間、眠り続けていました。
「おっはよー」
 すりおろしリンゴジュース缶が一番に目を覚ましました。その声があま りに大きかったので、みんな次々に眠りから起き上がってきます。いえ、 正確にいうと、起き上がるのではなく自分の周りの土を払いのける、とい うことです。ある程度のスペースを確保して、自由に動けるようになりま した。
 にんげんたちの計画は成功したのです。ほんの少しの残された液体が缶 全体に行き渡り、エネルギーとなるのです。この液体の量は問題で、たま に半分も残ったままの缶がありました。けれど、それは長く生き残ること はできません。缶の内側からエネルギーが生まれます。でも、その反対は ないのです。さまざまな衝撃で、自分から溢れ出た液体が、自分を絞め殺 すというわけ。
 土の中にいても見えます。缶々に書かれた赤い字は焦げ茶色になってい ても、見えます。みんなはそれぞれの名前を呼び合いました。
「あ、ブラックコーヒーの『すぐる』さんですよね?」
「いかにも。お前さんは、ホットミルクティーの『ゆうすけ』だね。また、 会えて嬉しいな」
「僕もです」
「こうやって姿を変えて話をするってのは不思議なものだ」
「そうですよねえ。あの、みなさん、このあたりにいるんですか?」
「いや、ばらばらになってしまったようだ。あるいは、自分でてくてくど こかへ行ったものもいるらしい。土から出て、外の空気を吸っている夏み かんゼリー缶もいるらしい」
「そうですかー」
「さて、わしはちょいと遠くへ行ってくるよ」
「遠くってどこへ行くんですか?」
「『けいこ』さんを探しに行くんだよ」
「トマトジュース缶の、ですか?」
「よく覚えてたな」
「そりゃ、そうですよ。あんな濃厚なの他にないでしょ。あの色を想像し ただけでゾクゾクしちゃう」
「だったら、お前さんも来るか?」
「お供していいのなら」
「ああ、もちろんいいよ」
「でも、どこにいるかあてはあるんですか? ないですよね。ここがどこ だかわからない土の中で」
「いや、彼女の赤が、わしらを呼んでくれるよ」
「ところで、彼女に会ってどうするんですか?」
「むかしむかしにんげんがいた、ということを伝えるんだ」
「僕も、すぐるさんも知っていますよね? どうして、彼女は知らないん ですか?」
 風の噂をゆうすけは聞いていません。むかしのことを覚えているのはホッ トドリンクだけ。その他、コールドドリンクなどは全くの新しい記憶のみ となりました。
「わしらが知っていて、彼女が知らないことあるんだよ」
 ふたりはいっしょに、けいこを探しに出かけました。
 おしまい。

「ん? ふたりはけいこさんに会えたの?」
「だから、こうしてよしこに話ができるんでしょ」
「そっか。あ、今度はわたしが、誰かに伝える番かな?」
「そうだよ。だけど、急ぐことはないから」
「わかった。ねえ、もう少し、ここにいててもいいよね」
「もちろん。こうしていると暖かいよ」
 よしこは、むかしむかしの話を聞き終わり、興奮とも感動ともつかない 気持ちでいっぱいになっていました。そして、思わずこの胸のうちをけい こに伝えてしまったのでした。
「わたし、けいこさんの側にいるとゾクゾクしてたまんないよ」